自己能力開発と才能の活かし方

自分の才能を目覚めさせて、活用することができるように、今までの弱点にこだわった考え方を改め、強みを磨いていきましょう。

自分の弱点とはどう付き合えばいいか

自分の弱点とはどう付き合えばいいか

自分の弱点とはどう付き合えばいいか

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人生において良い成果を出すためには強みを活かすことに主眼を置くことが大切なのですが、私たちはどうしても弱点にこだわってしまいがちです。

強みに自信があって、強みが効力を発揮しているとしても、弱点というものを恐れてしまうのです。

実際のところ、弱点が及ぼす影響力などたいしたものではありません。

けれどもこの弱点という小さな怪物を放置しておくことによって、混乱が引き起こされるのを防ぐためには効果的に対処するべきでしょう。

もちろん強みに主眼を置いたうえで、弱点を無視しない程度での対処です。

まずは弱点というものを理解しましょう。

一般的な辞書では弱点とは「進歩が望めない分野」と定義されているのですが、現実に即して考えると「進歩が望めない分野」は誰でも数え切れないほど持っていて、それは大半気にしなくていいようなものばかりです。

この小さな怪物が暴れたとしても、なんら影響を及ぼすものではなく、放っておけばいいものです。

専門知識や技術を例に挙げるとわかりやすいのですが、周期表の配列がわからなくても、専門の科学者でないかぎり、それは弱点にはなりません。

では、才能を例に挙げるとすると、たとえば「戦略性」に欠ける人に対してそれを弱点だとするでしょうか。

不測の事態に備えて常に対策を立てている必要がある職務は限られています。

別の言い方をすれば、不測の事態に備えて常に対策を立てていなくてもいい職務など、この世にごまんとあります。

戦略的な考え方ができないのは単にその才能がないだけのことで、なんら気にすることではないのです。

円周率の平方根を知らないのが弱点でないのと同じことです。

ただ、才能に恵まれない分野、強みでない分野にやむを得ず携わらなければならなくなった場合、弱点は、無視していいものではなくて、本当の弱点となることがあるのです。

たとえば、ボーイング747の失速速度を知らなくても、それはほとんどの場合弱点とはならないのですが、その飛行機を操縦しなければならない立場にいるのであれば、とても重大な弱点となります。

同様に、コミュニケーションの才能が欠けていたとしても、法律事務所の調査員をしているときには何ら問題にはなりませんが、法廷弁護士としての職務を果たそうとするならば、この弱点が浮き彫りになってしまいます。

弱点は時として、すぐれた成果を得るのに妨げとなることがあるのです。

このような弱点を抱えていることが判明した場合の対処法としては、まずその弱点が技術に関する弱点なのか、知識に関するものなのか、才能に関する弱点なのかを見極めてください。

この見極めはなかなか容易ではないのですが、まずは必要な知識と技術を身につけて、それでも標準以下の成果しか上げられないのなら、才能の欠如と考えていいでしょう。

成果が得られないのが知識や技術の不足によるものだとしたら、問題の解決法は必要な知識や技術を身につけることです。

弱点が才能の欠如である場合は、早々に見切りをつけて、より創造的な戦略を考えるべきです。

繰り返しますが、自分に欠けている才能については、それに携わることがなければ何ら気にする必要はありません。

けれどもその分野が強みとして持っているものの障害となる可能性があるのならば、対処していく必要があります。

対処法としてまず挙げられるのは、月並みですが、少しでも良くなるようにひたすらがんばることです。

弱点である分野でひたすらがんばるのは、決して楽しいことではなく、傑出した成果を生み出すわけでもありません。

それでもひたすらがんばらなければならないときもあるでしょう。

少しでも良くしようとしてただひたすらがんばっても、消耗するだけで何の解決にもならない場合、次の対処法としては、自分なりのサポートシステムを作ることです。

どんな方法でもかまいません。自分なりのユニークな方法を考え出せばいいのです。

例として、戦略性に劣っている人が毎朝の習慣の中にサポートシステムを作りました。右の靴を履くときに「もし」、左の靴を履くときに「どうする?」と心の中で書くのです。

風変わりではありますが、毎朝「もし~どうする?」と自分に問いかけることで、不測の事態に備える心構えをする、障害に対する意識を高める効果が生まれます。

生徒全員の答案の採点が一度にできないくらいに集中力を持続させることが苦手な教師が考えたサポートシステムは、一度に採点する答案を5枚までと決め、5枚ごとに机から離れてコーヒーを入れる、猫に餌を与えるなど別のことを行うようにしたところ、これはとても有効でした。

これらの例はいずれも本人が自ら考え出したものですが、才能に関わる弱点に対しては、誰しも自然とサポートシステムを身につけているのではないでしょうか。

たとえそれが風変わりなものであったとしても、その有用性を見くびってはいけません。

自分なりのサポートシステムによって弱点がカバーできるのならば、強みを育てることにより多くの時間をかけることができるのですから。

このサポートシステムを見つけるのに、意外と容易に見つかることがあります。

自分の強みとなる資質がそれを提供してくれることがあるのです。

子どもの頃から自らの吃音癖に大きな劣等感を持っていた人が、あるきっかけで「自我」や「コミュニケーション」が自分の強みであると知りました。

緊張していなくても、朗読をするときや人と話をするときには吃音が出て、治療を受けても改善することはなかったのですが、ある時何百人もの前で話をしなければならなくなりました。

多くの人の前に立つとプレッシャーを感じる人は多いのですが、彼は逆に精神が高揚して意欲が湧いてくるタイプで、緊張するどころか反対に気持ちが落ち着いてきたのです。

壇上に立つことによって吃音どころか、堂々と話をすることができました。

自分の才能に気づいてからは、誰かに話しかけるときにはいつも200人の人を前にして話していることを想像し、その状況と目の前の人々を思い描くようにして、考えをまとめると、言葉がよどみなく流れ出るようになりました。

そして吃音癖は改善し、今では講演者として成功しています。

才能を活かして武器にすることによって、弱点を克服できた例だと言えるでしょう。

別の対処法として、協力者を見つけることが挙げられます。

そもそも、どんな職務もこなせる人間など、現実には存在しません。

普段は忘れがちですが、必要な助けというのは、周りの人からもたらされるものです。

自分に欠けている弱点を潔く認め、その分野に秀でた人に協力を求める、このことはむしろ強い人にしかできない行為ではないでしょうか。

協力者を求めた例として、法廷で有無を言わせぬ弁論をする才能はあっても図書館で判例法を調べるのが苦手な弁護士は、判例の調査を好んでやるような人を雇って事務所を開き、輝かしい成功を収めています。

数字に弱い事業主は、数字に強い会計士の助けを借りています。

個別化という資質に欠けている会社役員は、個々の社員の相違点を見極めるのが苦手なので、人事のスペシャリストを雇って助言を得ています。

弱点を取り繕わないで、他者に協力を求めることも、弱点との付き合い方のひとつです。

最後の砦とも言える対処法は、とにかくやめてみる、ことです。

共感性の資質が欠けている人が、部下の気持ちをくみとることが苦手で、理解しようとしてもいつまで経っても改善することができなかったので、部下全員に自分の弱点を打ち明け、自分の手に負えないとはっきり伝えました。

わかってほしいことがあったら、はっきり言ってほしい、何を考えているのか何度も話しにきてほしいと伝えることによって、共感性に欠けていても非共感的だとは言われなくなり、信頼のおける上司となったのです。

わかったふり、がなくなり、替わりに部下にとってはわかりやすい上司になりました。

弱点があっても本人がそれを認めて、弱点に敗北していることを宣言することで、逆に周りからの信頼と尊敬を得るということもあるのです。

弱点の対処法として、ひたすらがんばって少しでも良くする、自分なりのサポートシステムを考え出す、自分の才能の力で弱点をカバーする、協力者を見つける、とにかくやめてみる、などを挙げてみましたが、これらはどれも強みに主眼を置いた人生を築こうとするときに役に立つものです。

弱点が強みを活かす妨げとなりそうなときの対処法としての参考になるというだけで、どの方法を用いても弱点は弱点で、強みに変化するわけではありません。

弱点に対するダメージコントロールも時には必要かもしれませんが、ダメージコントロールで優れた成果を得ることはできないということを理解しておいてください。

弱点との付き合い方とは別に、強みとなる才能のうちの1つだけが抜きん出て優れていて影響力も大きいという場合、他の強みとなる資質の邪魔になって最終的にはそれが弱点になるのではないかという考えを持つ人もいるかもしれません。

達成欲という資質を強みとして持つ人は先のことに焦点を当てるのを忘れてしまうのではないか、とか、指令性が強すぎる人は始終周りを不快にさせているのではないか、などです。

この考え方は正解ではないと思います。

1つの資質だけが飛び抜けた影響力を持つということはありません。

他の資質がさほど力を持たないだけのことです。

指令性を強みとして持つ人が無作法だと思われることがあるかもしれませんが、それは指令性が強すぎることが理由ではなく、共感性が弱いからです。

短気な人は達成欲が強いからだと言われるとしたらそれは間違いで、単に未来志向の才能に欠けることが理由だと考えられます。

ある資質を強く持ちすぎているために良い成果を上げることができない、ということはありません。

強すぎる資質を抑えたとしても、効果は得られません。

強すぎると思われる資質を抑えるくらいならば、その資質を弱点とみて、弱点の対処法を試してみるほうがより効果的だと思います。


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