自己能力開発と才能の活かし方

自分の才能を目覚めさせて、活用することができるように、今までの弱点にこだわった考え方を改め、強みを磨いていきましょう。

強みを作り上げるもの、「才能」

強みを作り上げるもの、「才能」

強みを作り上げるもの、「才能」

このエントリーをはてなブックマークに追加

一般的には、持って生まれた特殊な能力や素質のことを才能と言いますが、強みを作り上げるという観点からすると、さらに「繰り返し現れる思考、感情および行動パターンであり、何かを生み出す力を持つ資質」だと定義づけることができます。

この定義によれば、表面的に弱点だと思われるような個性もときによっては才能ということになります。

弱点のように見えることが強みの基になる才能だというのは少しややこしいのですが、才能は一人ひとり独自のもので、なおかつ永続的なものです。

定義で示すように繰り返し現れる思考、感情および行動パターンです。

これが何かを生み出す力を持つことで才能となります。

たとえば責任感が強いとか、根気強いのも才能ですし、競争心旺盛なのも、知りたがり屋なのも頑固なのも才能だと言えます。

愛嬌があるというのも才能です。

神経質な性格というのは一見するとその人の短所のようでもありますが、常に「もしもこんなことになったら…」と不測の事態を予想してそれに備えることができるという才能となり得ます。

頑固さも同様で、激しい抵抗があっても意見を曲げないことを要請される法廷弁護士や営業担当者にとっては長所となり、それがその人の繰り返される行動パターンであるならば才能ということができるでしょう。

この、一人ひとり独自のものである才能は脳の中の複数の神経が連動して生み出すもので、ある一定の年齢を超えるとこれを作り直すことはできません。

人間の脳細胞にはシナプスという脳細胞同士の接合部があり、このシナプスが一人ひとり独自のパターンを生み出す回線を作っています。

神経学では、人の行動は脳神経の連結構造で決まり、その構造は個々によって異なる、と教えています。

つまり、このシナプスが一人ひとり独自のものである才能を生み出しているのです。

シナプス結合の形成は、ニューロンという神経細胞の軸索という神経突起が伸びてニューロン同士がつながることによってなされます。

このニューロンの連結は、生まれて最初の3年間で完成します。

人間は1000億個のニューロンを持って生まれてくるのですが、3歳の時点で1000億個のニューロンが互いに連結し、1つのニューロンについて1億5000個のシナプスがすでに形成されています。

ニューロンが1000億個で、その一つひとつに1億5000個のシナプスです。

途方もない数のシナプスで、これによって一人ひとり独自の脳内回路が出来上がるのです。

しかしながら人間の脳では、3歳から15歳の間に無数のシナプスが失われてしまい、回路の半分が使い物にならなくなって二度と再生できなくなります。

生まれて数年の間はとてつもない量の情報を吸収するために多くのシナプスが形成されるのですが、その人を特長づける選ばれた回路を有効利用させるために何十億ものシナプスが失われるのです。

シナプスが多いほど賢く優秀であるというわけではありません。

賢さや優秀さは、最も強固な脳内回路をいかにうまく利用するかで決まります。

脳内回路の違いが個人の違いとなります。

個人差は人種や性別や年齢に起因するものではありません。

決められた強固な脳内回路は、使用頻度が高くなることで、より一層強靭で高感度のものになります。

それは競争心を生む回路であるとか知識欲旺盛な回路であるとか戦略的思考にすぐれた回路であるとかで、その人を特徴づけるものになります。

自然の摂理であるシナプスの喪失による減少は、とても重要なことなのです。

限られた脳内回路のみが強化されて、それ以外の何十億という回路が機能を失うことによって、特定の才能に恵まれた一人の人間として存在することができ得るのです。

結論としては、才能は最強のシナプス結合から生まれるものだと言えます。

そしてこの天性の才能が強みを作り上げるのです。

才能は知識や技術の上にあるものではありません。

新しく教わった技術、学習や経験から得た知識があれば仕事などをこなすうえで役に立ちますし、それなりにすぐれた成果を収めることもできるでしょう。

しかしながらそれを個人の確固たる強みとすること、完璧に近い成果を収めることは不可能です。

それどころか、弱点である分野についての訓練を重ねることによってエネルギーを消耗してしまいます。

企業などの多くは、弱点の克服ばかりに重きを置いています。

最近ではそのトレーニングは目標を達成する手段ですらなく、学習それ自体がひとつのイベントになってしまっています。

そしてトレーニングの主催者は、トレーニング後も参加者たちを継続的にサポートするところも多いのですが、このようなやり方は才能があってこそ実を結ぶものですが、才能がないものならば進歩しないで消耗するばかりになってしまうでしょう。

知識や技術というのは、才能を強みとして作り上げる上でとても大切なものです。

知識には、事実に基づく知識と、経験によって身につく知識とがあり、どちらも強みを作り上げるのに必要です。

事実に基づく知識というのは、言い換えればコンテンツのことで、たとえば語学を習得しようとするならば、語彙がコンテンツとなり、商品の販売員は商品知識がコンテンツです。

飛行機の操縦士にしても、病院などで働く看護師にしても、事実に基づく知識は必要不可欠です。

もうひとつの、経験によって身につく知識というのは、学校で教わることでもなければマニュアルを読んで覚えることでもありません。

経験を蓄積していくことによって得るものです。

価値観というのも経験から得られる知識のひとつですが、才能を強みにするためには、この価値観を磨くことも必要です。

才能は個人の基本的な本質であるので、変わるものではないのですが、価値観は変わるものです。

才能は柔軟なもので、自らは方向性を持たず、使い方次第でいい方向にも悪い方向にも向けることができます。

才能をいい方向に向けるために、強みとして活かすために価値観を磨かなければなりません。

才能が向いていない分野で知識を積むこと、優秀な成果を収めようとすることは、ある意味時間の無駄だと言えます。

価値観を磨くことで、よりよい方向に価値観を変えていくべきです。

ダマスカスに向かう途中でキリストの声を聞いたとされるサウロは、このとき価値観が変わることによって改心し、リチャード・ニクソン元大統領の特別顧問のチャールズ・コルソンは罪を犯して逮捕されましたが、価値観が変わって今では敬虔なクリスチャンとなっています。

経験から得られる知識として、価値観のほかにもうひとつ自己認識があります。

自分がどんな人間なのかということは、経験を積むことによって徐々にわかってくるものです。

自分の天性の才能に気づいて、その才能に磨きをかけて強みとしていくためには、自分に対する意識を成長させなければなりません。

自分にない才能を求めるとか自分に適さない分野の仕事に就いている人は、どれほど多くの本を読んでも、どれほど多くの講義を受けても困難がつきまとうものですが、自分の才能を認識し、価値観をその分野に向け、強みとして発揮できる道に就くことで、すばらしい成果を収めることができます。

価値観や自己認識は変わることがありますが、本質的な才能は変わるものではありません。

自分の才能を受け入れて、その才能を中心に価値観や自己認識を見つめなおすことで、強みとしていくのです。

技術は、ある分野で成果を収めるための支えとなりますが、見方を変えればそれは欠点にもなってしまいます。

その分野に必要な技術を可能な限り身につけ実践で磨くことで、それなりに上達し、仕事をする役にも立ち、それなりの成果も得られるでしょう。

けれども才能を伴わなければ卓越した域には到達できません。

失敗を避けることはできるでしょうけれども、完璧に近い成果を収めることはできず、栄光への道は開かれません。

才能を伴ってこそ大いに頼りになるものであって、才能の欠如を補ってくれるものでは決してないのです。

技術を身につけて、それに頼ってしまうと、このことを見落としてしまう可能性があります。

それなりに上達した段階から、さらに上の域に到達するためには、その分野の才能が自分にあるのかどうかをきちんと見極めることが肝心なのです。

何年か前に、ギャラップ社が企業等の管理職1000人を対象にして、元アメリカ国務長官のコリン・パウエル氏(当時アメリカ国務長官)を講師とした講演会を行いました。

彼の話術は見事で、中でもリーダーシップや人格に関する話では聞く者みんなに100%その内容が伝えられました。

完璧であり、畏怖の念さえ覚えさせるようであり、まるで彼の体を通して自然と湧き出てくるかのような講演でした。彼の話術はまさに圧倒的な強みです。

強みを発揮するときに相手を威圧しようなどと思わなくても、完璧に近い行為はどれも自然と畏敬の念を呼び起こします。

もちろんパウエル氏は講演者としての知識もありますし、表現法や強調点、タイミングなどの講演の技術も得ているでしょう。

けれども、人の心を惹きつけるのは、彼の知識や技術が才能を伴ったものであり、強みとして築き上げられているからに他なりません。

そして強みというのは、完璧に近いというだけではなくて、「常に」という要素も持っています。

才能というのは、その持ち主に「活かしたい」と思わせるだけではなくて「楽しい」と思わせる力も備えているものです。

ですから「繰り返し行われる」ことが可能になり、「常に」発揮できるようになるのです。

もちろんどんな才能も、最初から完成されているわけではありません。

知識と技術が学習や経験をとおして身につけることができるのと同様に、一人ひとりが持っている才能という原石を、一人ひとりが磨くことによって強みとなります。


« »

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です